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秋に入ってからちょっとしたきっかけあって、最近はR.E.Mばかり聞いている。
とくに秋にぴったりの音楽というわけではないのだが、聞き始めたらもうズブズブとはまってしまい、今CD棚のR.E.M.コーナーはがらんとしている。 中身はすっかりラジカセの横に積んであり、古いのから新しめのから流しながらも、目覚めた勢いで買いそびれていた新作”ACCELERATE"とライブ盤”R.E.M.LIVE"を買った。 新作といっても出たのは昨年春だ。 R.E.M.は新作が出たら必ず買っていたが、今回はまだだった。 その前の作品"AROUND the sun"をちゃんと聞いていなかったせいもあって、当時出そうだというニュースは知っていたのだけれど未チェックだったのだ。 これはうかつだった。 "ACCELERATE"を、こんなに優れた作品を聞きそびれていたなんて、悔しい。 まったく私ときたらあの時何をやっていたのだこれを聞かずにいて? それぐらい粒ぞろいで、刺激的で、エネルギーに満ち溢れていて、充実している、会心の一撃なのだ。 ![]() しかしこういうことはよくある。 新作が出ればチェックするというアーティストはいくらかいるが、すぐにそれを受け入れられるかというとそうでもなく、買ったから一応は聞いてみるがあんまりピンとこないまま通り過ぎてしまう。 でもその時にはわからなくても、数年経ってから聞いてみて「おお~!!」とやっと素晴らしさに気がついたりする。 好みのアーティストというのは自分にとっては同じような傾向をなにかしら持つ希有な人たちなので、共感できる電流は内に持っているものである。 もちろん好きだったらなんでもOKというわけではないけれど、今回のR.E.M.のようにストレートにビリビリーっと電流が走ってくると「きたきたきたよー」と興奮してしまう。 I'm alive! こんなに嬉しいことはない。 今回のR.E.M.マイブームのきっかけはじつは”AROUND the sun"だったのだが、それについてはまた今度書くことにして、今回は新作の方を。 ライナーノーツにはひとつひとつの曲も簡潔で短く、パンクのようなノリで怒りがほとばしり出るような感じだとある。 たしかに最初聞いた時はそのような印象が一番強かった。 パンクとか、グランジとか(とくに最後の曲"I'M GONNA DJ"なんてグランジロックを感じる)。 グランジの流行り時にはよくわからなかったけれど、今回のR.E.M.を聞いているとグランジロックというのはパンクからできてきたのだ、パンクというのはアメリカのロックンロールやポップからできてきたんだなあと川の流れを見るように感じられる。 しかし"ACCELERATE"は聞いているうちに、最近のR.E.M.では珍しいほどのパンキッシュな勢いだけではなく、いつもの繊細さ、色とりどりのランプが点滅する変化、押したり引いたりする凹凸も手に取れるようになってきた。 立体的で力強くありながらも、優しく包み込む包容力があるのがまた彼らの持ち味だと思う。 強く出ても弱く出ても、相手の手をぎゅっと握りしめて離さない(もちろんこちらからも手を伸ばした相手に限るだろうが)。 積極性を感じるのはマイケルの歌声だけではなく、PVやライブステージで歌詞を突き付けるように視覚的に表に出すようになっているところもそうだ。 R.E.M.と言えば、歌詞カードを付けて売ることをひたすら拒否していたバンドだった。 音楽から外されて歌詞だけ印刷された言葉の姿が滑稽に見えて嫌だというのが理由であったと記憶している(つまり音楽あっての詩ということなのでしょうね)。 しかし英語がよくわからない日本人のファンにとってこれはつらい。 なにか深遠なことを歌っていそうなのに、中身がよくわからなくて残念な思いをしていたものだ。 (じつは歌詞がすっかりわかっても意味が難解でよくわからなかったという落ちもあるのだが) "ACCELERATE"は音楽が素晴らしいだけでなく、PVのほうも最高にいかしている。 先ほどの歌詞に関するエピソードひとつからも、美意識を持って活動していることが窺われる。 PVもただの宣伝用というのでなく、音楽がさらに生き、伝えたいことに色付けをしたアートな映像づくりを目指している。 そんなことができるものか?と思うが、これを見れば納得。 さすがR.E.M.です、やってくれてます。 興味のある方はこちらをどうぞ(YOU Tubeの画面に飛びます) デザインに交じって、歌詞が音楽に合わせてところどころにぱっぱっと見えるのが強い印象を与える。 ポップアートとしても優れている。 この曲”MAN-SIZED WREATH"はアメリカ文化を批判する要素が濃く出ており、これまでにも"Imitation of Life"など、こういう詩を書き続けているマイケルだ。 自分の足元をも含め、安定していると思いこんでいる地に揺さぶりをかけてみる。 R.E.M.ロックは今もイキイキ、芯までshake(シェイク)してくれるのだ。 Tags:Rock&Pop
週末に焼いたタルト。
さつま芋がいくらか残っていたのでスイートポテトでも作ろうかなと思っていた。 天気はぱっとしないけれど、秋らしいスイーツを焼いて紅茶でも淹れたら寒々とした空も楽しくなるかしらと。 紫いもというサツマイモが手に入ったので、スイートポテトではなくてタルトにすることにした。 皮が白いので身が紫色だとはとても想像がつかないこのさつま芋。 ![]() 前に沖縄で食べた紅いもを思い出して、紅いもタルトのようなお菓子をやってみようという気になった。 ![]() ふかして割ってみると、花が咲くようにぱっと華やかな色があらわれる。 色がきれいなのでサラダやお菓子にどうぞと書いてある。 これは生協で見つけて買ったもの。 種子島産とある。 このまま食べてもほんのりと甘くておいしい。 ![]() オーブンから出したてのところ→ スイートポテトパイというレシピを持っていたのでそれを参考にした。 レシピでは焼きあげる時に最後にスイートポテトのように卵黄を塗って艶を出すのだけれど、これはきれいな紫色がよく見えるように塗らない方がよかったみたい。 パイではなくてタルトにしたのもまあ良かったかな。 ![]() さつまいも独特の風味も手伝って、かなりコクがある。 小さな一切れでも満足できる味だ。 フィリングに入れる生クリームは低脂肪を使ったけれど、気休めというところだろう。 自分で作るとスイーツはますます食べるのが怖くなる。 これはバターと砂糖とはちみつたっぷり。 おいしいけれど、やはりカロリー高いだろうね。 紅茶やコーヒーもいいけれど、さつま芋のほっこりとした風味は日本茶にも合いそう。 なぜかスイートポテトはあまり食べない息子もこれは気に入ってよく食べた。 夜だったので大人は赤ワインといただいた。これも悪くはない。 タルトとワインの赤みがかった紫色が紅葉を連想させる秋の夜らしいスイーツのひととき。 カロリーだけでなくポリフェノールもたっぷりいただいたよ~。 ![]()
<パートⅢからの続きです>
赤いカーテンが朝日でいっぱいになりベッドの膨らみに落ちる。 掛け布団は暗い間は微動だにしなかったが、小鳥の鳴き声が激しくなるにつれて右左に揺れはじめた。 私は目覚めた。 予約しておいて行かないのはまずいのでは、、呼び出しの電話がいまにも鳴るかも、、 小鳥の鳴き声がうるさいくらいだ。どこかの子供の声も聞こえてくる。 起き上がった。 集合時間の七時まであと十分というところである。 目覚ましをかけていなかったというのに、これはなんたる奇跡だ。 着替えて顔を洗い、夫と息子に声をかけて起こす。 朦朧としつつも私を急かせていた考えはこうである。 先ほど聞こえてきた子供の声は、乳しぼり体験に出掛けて行った子供たちのものではないだろうか。 予約していたのが私たちだけならまだいいが、ほかにも参加者がいるのに遅れるのはまずい。 待たせるようなことになっていたら大変な迷惑である。 全員が眠気眼のまま奇跡的なスピードで動き、集合場所の受付前に到着した。 集合時間の七時に四分ほど遅れただけである。 しかし誰もいない。 声をかけると受付のなかからホウキを持ったおじさんが出てきて、「もう行ったよ」とにこやかに教えてくれた。 七時を過ぎたのでもう行ってしまったのだ。 当然、遅れた私たちが悪い。 そんな私たちに受付の人たちは、 「「も~も~ハウス」で乳しぼりをやっているからそこまで行ってください」と、も~も~ハウスまでの道を教えてくれた。 言われたとおりに急いで行くと、も~も~ハウスはすぐに見つかった。 ![]() 中に入ると手前のほうに手を洗えそうな蛇口やリヤカーなどを置いた物置があり、その奥の広がりに牛が一頭つながれている。 牛は首を振り向けて私たちのほうをじろりと見た。 この牝牛の乳を搾るのか。 一頭しかいないのだからたぶんそういうことだろう。 それはわかるが、人がいない。 人っ子ひとりいないのである。 いるのは一頭の牝牛とそれから一匹の猫である。 この牛舎に住み着いているのか、牧場で飼っている猫なのかよくわからないがお世辞にもきれいとはいえない野良猫風情である。 そいつが私たちのほうに向かって ニャー、ニャー、ニャー、ニャーと鳴き続けている。 時計を見ると、まだ集合時間から十分も経過していない。体験の一行がすでに乳搾りを終えて行ってしまった? まさか。 しかし待っていても誰も来ず、声を張り上げても誰も答えてくれず、猫がニャーニャーと鳴いているだけである。 ためしに牛の顔の近くまで行って、「あのう、ちょっと聞きたいんだけど、ここで乳搾りをした人がいた?みんなどこへ行ったかわかる?」と大きく、ゆっくりとした声で牝牛に尋ねてみる。 その様子を不安そうに見ていた息子が、もし牛が答えたらと思うと怖かったのか、それとも母の言動が怖かったのか、 「そんな牛なんかに話しかけたってしょうがないってば!」と声を上げる。 「いや、今あっちの方に首を振ったよ。あっちに行ったって意味かも」などと話しながら、ニャーニャーと鳴き続けている猫を残して私たちはも~も~ハウスを出た。 後々この時のことを思い出しては、乳搾りはセルフサービスだったんじゃないかとか、いやあの猫が怪しい、あれが実は指導員だったのではないか(ニャー!「はやくそこで手を洗うにゃ!」)等と冗談を言っているのであるが、その時は三人とも無言でもと来た道を戻って行った。 せっかく飛び起きてきたというのにその結果が、眩しすぎる朝日とホルスタイン模様に残った不可解さだけとはどういうことだ。 遅れたのは悪かったが、もう少しくらい待っていてくれてもいいではないか。 それに七時に集合し、も~も~ハウスまで歩き、それから説明を受けて手洗いなどの準備をし、乳搾りをするという作業にかかる時間を考えると、とても十分以内で全て終えて立ち去るのは無理だと思う。 ということは、体験グループは七時より早くに集合場所を出発したのではないか。 一番最初に到着した一行だけを連れて。 どうもそうらしい、、きっとそうだ! それならなんのためにわざわざ前日に予約をせねばならんのだ? これじゃ集合時間だの予約だのの意味がまるでないじゃないか! だんだん逆ギレの方向に思考が加速していった。 もちろんまた受付へ行って事情を話せばいいのであるが(そうすればなんとかしてくれたかもしれない)、そうはしない。 そう、逆ギレしつつもじつは気持ちの90%では置いて行かれたことを喜んでいたのだ。 そもそも前の日からこの体験にそんなに乗り気でなかった息子は真っ先にコテージへと歩いて行くし、夫のほうを見るとこれはこれでもう一度ベッドにもぐりこむことしか考えていない様子、というか歩きながらすでに眠っているという有り様。 それに予約したとはいえ、どうせ無料の体験である。 おかげ様で、その朝には三人ともすっかりやる気を失くしていた面倒な労働をしないで済んだのであった。 二日酔いで乳しぼりをしたりポニーの毛すきをしたりするのはどんな感じか、結局体験することはできず。 さらには動物の餌やりである。 そういえば深く考えていなかったのだが、動物の餌やりの動物とはなんだろう? ふつうに考えれば馬、牛、鳥あたりかなと思うが、もちろんそういうのもあるだろうが、この牧場で何よりもたっぷりといる動物といえばもちろん、あれである。 それは朝早くからわんわんわんわんわわ~ん と、猛烈な勢いで一帯の新鮮な空気を鳴き声で埋め尽くそうとしていた、、 ![]()
話題沸騰中の新型インフルエンザにかかって二日ほど寝込んでいた。
とうとうかかったといったらいいのか。 しかし周りでは大人でかかったという話はあまり聞かないので(子供たちの間では流行っているけど)、最先端といったらいいのかしら~。 私って流行に敏感なのね。 普通の人に比べ、集まりに出かけたり人に会ったりする機会が極端に少ないお前がなぜ?と夫にわらわれるのだけれど、、 だから私ってホットな話題に敏感なのよ! うちの家族でももちろん一番乗りで、でも夫にも子供にも今のところうつった様子は見られない。とりあえずは良かったかな。 ところでせっかくかかったのだしどんな感じだったのか、レポートしておきたいと思う。 あくまで私個人のことなので一つの例として読んでくださいね。 まず最初に微熱が出た。 なんかだるいなあ、やらなきゃならないことがあれこれあるのにやる気がぜんぜん起こらない、だめだなあという感じ。 熱を測ってみると37度5分超えくらい。 それからその日は8度まで上がった。 ところがその後の二日くらいは熱が少し下がり、ずっと37度台で上がったり下がったりだった。 咳が出ていたが体調は最初の日よりは少し軽くなったので、どうせしけた風邪かなんかだろうと思って普通に生活していた。 雪の降った寒い日だったが外に歩いて買い物に行ったり、気になっていた衣類の出し入れやタンスの掃除などをやったり、子供とお菓子作りをしたりもした。 しかしながらだるさはずっと共にあり、何をやるにしてもかなり気合を入れないとできない感じだった(さすがにジョギングは中止した)。 微熱三日目に咳がひどくなり、鼻水が出てきた。 あれー?と思ったが、どうせしけた風邪だ、ワインでも飲めば治るさとワインを飲むと咳が鎮まったのでほおらみろと思って寝たら夜中に悪寒が始まり、高熱が出た。 午前2時ころ、測ってみると39.1度。 次の日に病院へ行くと、高熱が出たばかりなのでインフルエンザの検査をしても結果が出ないかもしれないということだった。 それで検査は次の日にしてもらうことにする。 とりあえず点滴を受け、普通の風邪対応の薬をもらって帰ってきた。 熱は朝は低く37度台で、午後からはずっと38度台が続く。 咳止めや熱を抑える薬のおかげで楽になり、夜はぐっすりと眠れた(高熱が出た夜はほとんど眠れなかった)。 次の日に検査を受け、A型インフルエンザという診断が出た。 タミフルをもらって帰ってきた。 それが昨日。 今日は体が軽いので起き上がって服に着替え、拭き掃除などの家事もしている。 37度程度だが熱はあるし、ウイルスはまだ無くなっていないだろうからしばらく外に出ることはできない。 ふり返って思うのは高熱が出る前の三日間に微熱があり体がだるかったにもかかわらず、出て回ったのはまずかったということ(マスクはしていたが)。 インフルエンザだったら微熱の後すぐに高熱が出るはずで、一度熱が下がったり、三日もだらだらと普通の風邪のような症状が続くとは思わなかったのだ。 同時に体が動ける時に行動を規制するのは難しいということもよくわかった。 たいていの人はやらねばならぬこと、やりたいことに追われて生きているだろう。 インフルエンザだとわからぬうちから休んでいられる人はあまりいないのではと思う(だからこそ広がってしまうのだが)。 ところで今回のことであって良かったと思ったもの。 ←エネルギーを手軽に摂ることができるゼリー。ビタミンCをはじめ、各種のビタミンも豊富に入っている。 ドラックストアーやスーパーなどにいろいろな種類のものが並んでいる。 冷たく冷やすと熱がある時には口に含んで心地よく、喉の腫れがある場合でも飲みこみやすそうだ。 フルーツ味のものが多いので、子供にもいい。 家族資源にもよるだろうが倒れてしまってからでは買い物が難しくなるので、元気なうちにこういうものをいくつか買っておくと安心だと思う。 ←スポーツドリンク。高熱が出ると汗をたくさんかくので、スポーツドリンクが水分補給に良かった。 このヴァームウォーターはハイポトニック飲料で、体液よりも低い浸透圧のため体への吸収がよい。 ヴァームウォーターの他にも、スーパーH2Oとか、アミノヴァイタルウォーターとか、ハイポトニック飲料は他のメーカーからも幾種類か出ている。 特別ハイポトニックにこだわることはないかもしれないが、スポーツドリンクは汗で失われがちなミネラルやアミノ酸などを含んでいる。 ウイルスとの闘いは体力勝負。 食事がしっかりとれない発熱の際にもこういうものはいい。 普通のスポーツドリンクでもいいから数本、元気なうちに買っておくと安心だと思う。 ←パウダータイプもあり。うちの場合、ジョギング用にこういうものが普段から置いてあるので助かった。 パウダータイプは水に溶かして作るので、濃度を好みに合わせて変えることができる。 具合の悪い時には甘ったるい味が嫌になることもあるので、そういう時にも調整しやすい。 家族が多い場合もこちらのほうが経済的かな。 それからスポーツ用のもので他にいいと思ったのはプロテインで、夜寝る前に低脂肪の牛乳に混ぜて飲み、より良質な睡眠をとれたような気がする(ただしこれは飲み慣れていないとかえって胃に負担がかかってしまうかも)。 ![]() ドラッグストアーにずらーっと並べているのでけっこうな人が既に買い置きしていると思われるが、消毒用のジェル→ 寝室から出たらなるべくこれで手を清めてから、ドアノブなどを触るようにしていた。 私は洗面所やトイレのタオルは使わず、自分用のハンカチを持ち歩いてそれで拭くようにする。 あと自分の触ったものをさっと拭けるので(共同で使うもの、パソコン、体温計など)、ウエットティッシュも便利だ。 新型インフルエンザでは私は咳と鼻水のほか、食べると胸が悪くなるということもあった。 高熱一日目の夜にステーキを焼いて食べようとしていた私である。。 冷蔵庫に生協の安売りで購入したオーストラリア牛ステーキ肉が残っており、腐らせるのが勿体なかったのだ。 しかしこれは当然、二切れでリタイア。 やはり熱がある時には肉や油っこいものは食べることはできない(当たり前だ)。 わりとあっさりしたものでも胃袋に入ると気持ちが悪くなった。 食欲はあったのだが、むかむかするのが嫌で食べることがあまりできなくなってしまった。 ![]() こういうときにはやっぱりお粥ですね~ ←しょうがあんの薬膳がゆ。 ほかほか~と温まって、胃に優しくて、今回初めて作ったのだがこれは大ヒット!気に入りました。 レシピは山本麗子さんの『ほっとするね 山本麗子のナチュレシピ』(家の光協会)です。 といってもこのために本をわざわざ買うほどのこともない。 要はだし汁にすりおろした生姜と醤油と塩を入れて煮立てて、最後に水溶き片栗粉を混ぜればアンができあがる。 これを大葉を散らした粥にかけるだけです。 ![]() もう少し元気が出てきたら、あんに豆腐を入れたりしてもいいかな。 ←半熟の卵を入れてみたら、これも美味だった(この時は粥ではなく普通のごはんで) これなら風邪でない時にも食べたい。 食欲のある夫と息子にはこの間、適当なものを買い食いしてもらう。 新型インフルエンザにかかってしまったのはどうしてだろうとふり返って、かかりやすかった原因としてひとつ思いつくのは疲れがたまっていたということ。 ちょうど感染したと思われる週のことだが、自分にとってはかなりハードと感じられる量の運動をしていたのだ。 体の中のグリコーゲンを枯渇させるという目的で、LSDをやった。 LSDは毎週一回やると決めてやっていたのだが、その週はLSDの前日に水泳で長距離を泳ぎ、さらにその前の日にはいつもより少しスピードを上げめのジョギングをするなどと、続けて負担をかけていたので、その後のLSDはほんとうに応えたのだ。わお~グリコーゲン枯渇ってこういう感じ?と新たな体験をした手ごたえはあったのだが、、、 まあグリコーゲン枯渇についてはまた別の機会に書くことにして。 疲れを溜めずにいることがインフルエンザ予防には大切なんですね~ それから月並みだけれど、睡眠をしっかりとることですか。 眠りにどれほどの治癒力があるのか、その効果をしみじみと感じたインフルエンザだった。 それにしても若いころ(20代)にインフルエンザにかかった時には、もっともっと体が辛かったという記憶がある。 今回のように動き回ることはできず、ぐったり寝たきりだった。 若い人のほうがインフルエンザにかかると重いということがあるのかもしれない(?) 長くなってしまったけれど、新型インフルの体験レポートでした。 新たに気がついたことがあったらまた書きます。 これからはじまる冬は長いです、インフルエンザには万全の対策をして乗り切りたいものですね。 (なんて、流行にビンカンなあたしはかかってしまったから気がラクだわ~おほほほ)。 ![]()
<パートⅡからの続きです>
温泉牧場というくらいだからここは敷地内に温泉があるのだ。 コテージでもキャンプでも宿泊者は温泉を利用できる。 夜10時までで朝は営業していなかったので、残念ながら朝風呂は入れないということだった。 ここの温泉の湯はたいそうよかった。 とろとろとした感じが特徴的で、入っていると肌がつるつるとしてくる。 芯まで効能が沁み入って行く感じがするかけ流しの湯である。 ![]() ←誰もいなかったので撮ってしまいました、露天風呂。 フラッシュのせいか写真で見ると河童でも出てきそうなおどろおどろしい雰囲気だけれど、実際はもっと落ちついた感じだったと思う。 灯りが最小限で暗く、誰も入っていなかったのでこれは池なんじゃないか?と一瞬思ってしまったが(しかも死にかけたアメンボが水面で苦しそうにもがいているし)、入ってみるとぬるめではあるがやっぱり温泉だった。 リラックスしてきて体をじわじわと伸ばしていって顔を仰向けると、満天の星。 用心深く息をしていないと、星が落ちてきそう。 静かな湯にはアメンボと私だけ。 月のない秋晴れの夜空、露天風呂のプラネタリウムは去りがたかった。 ![]() 温泉で温まったら、お次は花火。 今年何回目かもう数えきれないくらいやったのだが、息子の希望でまたまた花火である。 花火は駐車場でやってくださいということだったので行くと、受付の人がバケツやローソクの火を貸してくれた。 時々灯りの届かないところまで行って地面に寝ころんで、冷たい空気に体を強張らせながら夜空を凝視した。 覗きこめば覗きこむほど、星が増えて行く。 温泉も花火も星空も堪能したということで後はコテージに帰って寝るだけなのだが、夕食のバーベキューでは暗くならないうちにと急いでいたし寒かったしでゆっくり飲めなかったので、もう少し飲もうやということになる。 ![]() それで持参のワインを出してコップにこぽこぽと無造作に注いで飲む。 さきほど炭で焼いたじゃがいもなんぞをつまみにする。 息子はテレビを観ていたがそのうちおやすみ~とベッドへ行った。 キャンプだと大人も子供と一緒に消灯時間に眠りに着くのであるが、コテージ泊まりとなると自然のリズムに従った規律正しさよりも日常を離れての楽しみのほうがつい優先してしまう。 キャンプのように次の日も体力仕事がいっぱいというわけではない。 朝ごはんだってレストランに食べに行くだけ、気がラクだ。 しかしいつまでも飲んでいてはいけない、次の朝はあんまり寝坊できないのだ。 牧場の朝らしいメニューが待っている。 朝食前に、牛の乳しぼりとポニーの毛すきと動物の餌やりという体験があるのだ! でもさ、朝7時に集合でしょう、 そんなに早いわけではないよ、余裕だよ、 などと酒を前にした酒のみらしい楽天で気を抜いて飲んでいて気づくとワープだ!なななななんと、時計は1時を回っていた。 いやーいつもはこんなに飲まないのにねえむかしはまあまああったけど時にはこんなこともあるさと きゅうに正気になって急いでベッドに行ったが明日の(というか今日の)乳しぼりはもう無理かなと、いいだけ飲んでしまったあとの酒のみらしい後ろ向き姿勢で横たわった。 いちおう予約制だし、わざわざ予約しといて行かないっていうのもまずいのでは?電話の音で目覚めるのは嫌だよと最期の思考を前後不覚に残したまま、二度と起き上がれぬほど重たい掛け布団の中で動かぬ身となっていた。 パートⅣへ続く~
10月18日の日曜日、大沼公園で開催された大沼グレートラン&ウォークに今年も参加した。
昨年は初めての大沼一周ラン(14.4キロ)に出場してドキドキの体験をここでしたわけであるが(昨年の記事はこちら)、今年は夫がランに出ることになった。 それで私は息子と一緒にウォーク(6.3キロ)に参加することになった。 前日から雨の予報だったので、ウォークの私たちはフード付きウインドブレーカーを用意する。 走る人は雨降りの場合どんな用意をしたら良いのかなと調べてみると、たいていの人はいつもの格好で臨むみたいだ。 (ウインドブレーカーは途中で雨がやんだ場合や暑くなってしまった時に脱ぎ棄てられないので、ビニールのごみ袋に穴を開けたものを被って走り、いらなくなったら給水所などで捨てるという手もひとつあるようだ) 当日の朝、一日中雨の予報が曇りに変わっていたので少しほっとする。 ![]() 会場は例年と同じだ。 音楽ありトークありでにぎやか、楽しむことが第一のラン大会である。 少し肌寒く、土の出ているところは前日の雨でどろどろとしている。 夫はもう何度も出場しているのでとくに緊張する様子もなく、スタートの列のなかへと去って行った。 ![]() スタートした瞬間の、胸騒ぎに近いあの高揚感はどうして起こるのだろう。 見ていて不思議に思った。 大勢の人が同じ方向に一斉に走り出すという光景は、得体の知れぬ注意喚起を本能に働きかけてしまうのか。 ![]() 6.3キロの大沼半周のコースを走ったり歩いたりする人は、遊覧船で対岸のスタート地点まで連れて行ってもらう。 船は紅葉で縁どられた沼へと乗り込んで行き、のんびりとしたスピードで進む。 沼の上の景色は広々としていて美しくはあるのだが、岸から離れた後はわりと単調なのでそのうち飽きてきて、エンジン音を聞くともなく聞いたり、息子と救命道具の在りかを捜したり、おにぎりを食べたり、前に座っている人の肩にたくさん落ちている白い粉状のものが気になって、いったい何だろう?やっぱりフケだろうかなどと考えたくもないことを考えたりする。 けっこう時間がかかるので、対岸に近付くころには先ほどスタートを見送った14.4キロのランの選手たちがすでにこの地点に来ていて、走り過ぎて行くのが見える。 私たちが下船する頃には先頭のランナーたちはとうに走り去ったようだが、夫はどうかな、もう過ぎてしまったかなと急いで見に行く。 ちょうど道路脇にたどり着いたところで、夫が走って行くところを目にした。 カメラを片手に追いかけて、走っている姿をなんとか写真に収めることができた。 ちょうど7キロ地点の給水を終えたばかり。 辛いのはこれからだよ。がんばれー。 ![]() 6.3キロコースのスタート地点はキャンプ場なのである。 湿気が多くて蚊やアブがたくさん出そうという印象が強かったせいもあって、ここでキャンプをしたことはまだなかった。 しかしスタートを待ちながら絵画のような風景にうっとりとしてしまい、ここで寝泊まりするのは素敵かもしれないなと思った。 来年のキャンプはここにしてみようか。 ![]() ←14.4キロランで走って来る選手がいなくなると、やっとこさ6.3キロのスタート。 ランの人は前のほうに並び、ウォークの人は後ろからスタートする。 6.3キロウォークは家族連れが多かったかな。 思えば昨年は写真を撮っている余裕などなかった。 ウォーキングは気が楽だ。 ![]() スタート前から雨が降りだした。 けっこうな降りだ。 傘をさしている人もいたが、やはりレインコートのほうがかさばらなくて良い。 ランと違ってウォークはそれほど幅広く道をとっておらず、歩道があるところは歩道を歩くのが基本である。 ![]() 歩ききれることは分かっているので、今回はタイムウォッチを使って1K何分で歩けるかを目標にしてみた。 これがやる気に結びついた様子の息子。 キロ9分くらいの好タイムが出た時には嬉しそうだった。 スピードを上げて行くと、周りには子供が少なくなり年配の人たちが増えていく。 前のほうの人たちはさすがに速い。 日頃からウォーキングをしている人たちだろう、歩くフォームも決まっている。 歩くことは走ることの基本だ。 たまにウォーキングをすることも足腰を鍛えるために大切なことである。 走ることでは鍛えられないところを鍛えることができるらしく、マラソン選手でもトレーニングに取り入れているみたいだ。 弱い刺激なだけに選手がそれなりの効果を得るためには、坂や荷物などの負荷をプラスしたうえに、かなり長い時間をかけなければならないようだが。 今回は6.3キロと短いが、走る時のようにフォームに気をつけて足を進めるとけっこう疲れがくるものだ。 いつも10キロ程度ジョギングしている私でも、ゴール近くなると太ももが重くなった。 使い方が違うからかな。 ←ゴールの瞬間。ウォークの場合はランと違って、にこやかにゴールの写真を撮る余裕がある。 他にも互いに記念写真を撮りあっている人たちがいた。 そう言えばこの前の函館ハーフマラソンの写真がネット上で売りに出されていたが、自分のものを一度チェックしたら再びそのページを開くのが嫌になってしまった。 ゴール間際の顔なんて見られるものではない。 あれがまだネット上で流れているのかと思うと胸が痛む(そんなもの本人以外の誰かが見る心配はないんだけど)。 あの時点でフォトジェニックに写れる人は極めて少ないのではなかろうか? せめてもっと元気があるところで撮ってくれればいいのにな。 ![]() 夫は無事に完走して、私たちがゴールに着くのを待っていた。 今年は最後で余裕があり、終えた後も足に痛みはなかったのだそうだ。 ゴール後にもらえるミネラルウォーター、ワカサギ汁、りんご、じゃがいも→ 雨が降ったので芝に座って食べるのはちょっと大変だった。 敷物を持って来るのだった。 今年は涼しかったせいか、温かいワカサギ汁が昨年よりもおいしく感じた。 ![]() 参加者全員に温泉のチケットもついているので、リストの中かから今年も流山温泉を選ぶ。 どこから撮っても朽ちかけた納屋のようにしか写らないのだが、中に入るとアートな雰囲気のおしゃれな温泉なのだ→ 中に入ると人がいっぱいで驚き。 大会参加者で混んでいたのだと思われる。 リストの中からここを選ぶ人が増えているのだ。 みんなもっと違うところも選ぼうよ~ って自分たちも毎年ここです。 駒ヶ岳が遠くの空に突き出て見える野趣ある露天風呂が気持ちいいのだが、今回入ると途中に仕切りがついていて狭くなっていた。 なぜかわからないがこれはちょっと残念。 流山温泉からの道中にあるので、ついでだからもちろん食べていく。山川牧場のソフトクリーム。 コーヒーミックスをチョイス。 ノンホモ牛乳の大瓶も買った。 ![]() それから全然方向は違うのだが、ちょっとした用事ができてその方面に行くことになったので、ジェラードの店にも寄っていく。 最近アイスをあんまり喜ばなくなった息子からブーイングが起こったりするのだが、「ついでだもん、いいじゃん!」と強く主張して勢いで食べて行く。 「またかよ」と文句を言いつつ、結局息子はダブルを注文して食べていた。 私はトリプル。四つ入った特盛りというのもあるのだが、さっきソフトを食べたばかりなのでさすがにやめておく。 イタリアンチョコレート、ラムレーズン、ミックスベリーの三種。 これは我ながらなかなかいい組み合わせだと思った。 イタリアンチョコレートが特においしい。 好みにもよるだろうが、ミックスベリーはいまひとつだったかな。 実は駒ヶ岳牛乳のジェラードはその前の週にも食べたのである(それで息子から「またかよ」のセリフが出たのだ)。 雨は降ったけれど一週間前に比べると紅葉はぐんと進んでいて、秋の大沼を楽しめた。 やはりここの風景は好きだ。 週末ごとに訪れたいと思うくらいだが、理由がないと息子がなかなかウンと言わず、、 こんなところに別荘を持てたら素敵でしょうねえ。 ![]()
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